2012年1月21日(土)陸前高田市広田町の水産高校仮設住宅にて。
今回のモバイル・キックバックカフェは初の店舗型カフェの試みです。
これまではキッチンカーで現地入りし、車のカウンター越しにスイーツやコーヒーを提供してきましたが、
今回は集会所を借りて、簡易カフェを設置。
『皆さんにゆっくりしてもらいたい』それが今回のテーマです。

東京・調布のキックバックカフェで提供している和スタイルのデザートを中心に500個のスウィーツと、
毎回提供していただいているKey Coffee様の『がんばろう日本ブレンド」と、
静岡・浜松の茶っぱ屋様提供の静岡茶を用意しました。

また、隣の小学校の仮設には、子供達におなじみの忍者も出張。忍者学校を開校して、一緒に遊ぶ企画も。
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出発の夜は東京はすごい冷え込みで雪もちらほら。
きっと現地に付く頃には道路も凍結しているのでは、という心配もありましたが、
陸前高田市の皆さんの笑顔を見たい一新で出発。
途中の雪と凍結を注意しながら、予定より少し遅れて到着すると、
自治会長の菅野さんや仲良くなった広田町の人達がすでに待っていてくださり、
私達を笑顔で出迎えてくれ、一緒に会場作りを手伝ってくれました。

なんと、集会所に沢山の人が出入りできるように、プレハブの玄関からブルーシートで廊下が延長され、
その上を覆うブルーシートの屋根が貼られていました。
(こんな感じに↓)
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強力助っ人の力を借りて急ピッチで開店準備。
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拡声器でオープンの時間を遅らせる告知はしたものの、気付けば沢山の方々が並んで待ってくださり、
あっという間にスイーツがなくなってしまいました。
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開店から1~2時間でラッシュは終わり、その後はゆったりとしたカフェタイム。
「ここは喫茶店だからいいんだよね?」とコーヒー片手に編み物をされる方や、
私たちが行くたびに来てくれる中学生4人組もカフェでくつろぎタイム。
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1歳半の女の子をおんぶしながらコーヒーを楽しんでいたおばあちゃん。
おばあちゃんは、去年の815日の天国民のコンサートにも来てくれ、
「広田の仮設のみんな、ファンなんだよ、本当によがっだよ~」と天国民のことを絶賛してくれました。


あるテーブルでは、おばあちゃん4人組がゆっくりとお茶とデザートを楽しんでくれました。
ラッシュが過ぎたので、スタッフもテーブルに同席。
おばあちゃん達は78歳~88歳のとてもお元気そうな方々でした。
その中の一人のおばあちゃんが色々と話してくれました。
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「こうやって、仮設から出る機会をくれるのが、本当にありがたいですよ~。
特に寒くなってからは、みんな家にこもってしまって、ちっとも人と会わないから。
こういう場所ときっかけがあれば、みんな出てくるし、こうやってお喋りできるからね~」

仮設住宅での暮らしはどんな感じなんですか?と聞くと、

「仮設は4畳半が2部屋と台所とトイレとお風呂。
うちはお嫁さんがいるから、私は自分のいる部屋から出ないようにしてんだ。
私なりに気を遣ってんだよ~(笑)。今日はこんな場所があって、ほんとによがっだー」

またこのおばあちゃんは、「私はまだ良い方なんですよ。
お嫁さんがいて車も運転してくれるから、病院や買い物にも行く事ができる。
でも旦那さんや家族を亡くしてしまった人は本当に大変なんです」と。
やはり、自分よりも大変な人がいて、自分はまだましなんだ、と言うのです。
岩手の人の忍耐強さと、他者を思いやる姿を、また目の当たりにしました。

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隣の小学校仮設住宅の集会所では、忍者学校が開校。
忍者体操やゲームをして遊ぶ子供達は、昨年何度も遊びに来てくれて、すっかり顔なじみになっている子供達もいます。
忍者が到着するなり駆け寄って抱きついてきて、
彼らにとって楽しみであり励ましとなれる存在になってきているのかな、と嬉しく思いました。
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ポップコーンを提供してくれたのは、静岡県浜松市の福祉団体『トータルケアセンター』。
その呼びかけで集まった陸前高田市・大船渡市の福祉作業所『すずらんとかたつむり』の方々がお手伝いしてくれました。


子供達は、学校の校庭に仮設受託が立ち並んでいるので、運動する場所、遊ぶ場所がないそうです。
室内の忍者教室で遊んでいた子供達が、「鬼ごっこしよう!」と外に飛び出すと、
子供達vs忍者で仮設住宅の敷地じゅうをかけまわる鬼ごっこに。
(室内にいた方、お騒がせして申し訳ありませんでした)
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子供達の笑い声、時折寂しそうに繋ぐ手。「次はいつ来てくれるの?」。
その一つ一つに『また必ずここに来よう』という思いは強くなります。
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帰り際自治会長の菅野さんがこんなことを言ってくれました。
「今度は何も持ってこなくていいです。ただ遊びに来てください!釣りに連れて行きますから!」
そんな嬉しいことを言われて、何も持って来ないわけにはいきません!
また準備して行きますから、広田のみなさん、それまで元気でいてください!
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陸前高田・広田を後にする頃には、やんでいた雪も再び激しく降り出し、あっという間にあたりは銀世界に。
仮設住宅は寒いそうです。。。
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震災から1年の311日に行われる岩手県の追悼式は、県内最大の被害を受けた陸前高田市で行われるそうです。
その日にはまたメディアも派手に取り上げてくれ、人々の注目や関心は高まるでしょう。
しかし、その後、加速度的に風化し忘れ去られていくであろう「被災地」。
陸前高田で見つかっていない方は未だ200人を越えるらしく、親族の方の『まだ追悼なんてできない』という声も。
瓦礫の山が聳え立つ被災地を見ると、本当の復興はまだ始まったばかりであることを知ります。

そして、そこには私達が出会った友人たちがいる。
私達は新たに継続的な支援をすると決意したのでした。

12月15日戸羽市長と会談

12月15日(木)我々Send LOVE Project代表で、バンド天国民のリーダー石井希尚(マレ)久美子夫妻は、陸前高田戸羽太市長と会談をしました。

11月の天国民LAツアー『Don't forget Japan Tour』に、陸前高田市から後援を受け、L.A領事館宛の御礼状を預かり、渡米したのですが、
その報告と、今後の支援活動について意見を交わす為にお時間をいただいたのです。

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執務室に入るなり、「お久しぶりです」「5月以来ですね」など笑顔で挨拶が交わされました。
以前より、市長の表情に笑顔が多くなったのが印象的で嬉しかったです。

今回のLAツアーに陸前高田市から後援を受けたことのお礼を延べ、ツアーの写真をお見せしながら、報告をしたのですが、
市長は「被災地はどんどん忘れられて行く。そうやって、少しでも、どこかで『陸前高田』という言葉を発信してくれる事が、本当にありがたいのです」と感謝して下さいました。

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戸羽市長が見ているポイントは、「陸前高田という存在を忘れないでいてもらうために、色々な方法で発信してほしい」ということでした。
私達は、物質的にも経済的にも力があるわけではないので、大量に支援物資を送ったり、義援金を送ったりできるわけではないのですが、
私達自身が被災地のことを忘れず、カフェを通して地域やお客さんに支援の和を広げ、インターネットで海外にも発信し、
音楽を通してメッセージを届けることができます。
これからも、私達にできるこの方法を使って、『被災地が忘れられないように支援する』という方針が明確になりました。

今回、黒崎神社の祢宜(ネギ)小松さんが市庁舎まで出向いてくださって、突然『感謝状』を渡してくださいました。
10月の黒崎神社奉納ライヴのお礼という事で、わざわざ広田から駆けつけて下さったのです。


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その小松さんにも、市長の執務室にまでご一緒してもらいました。
私達がLAでの報告をしているその場に、小松さんにも居てもらえて、本当に嬉しかったです。
本当なら、広田のみなさんにも、このご報告をしたいところでした。
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一通り報告を終えたあとは市長からの、今後の復興のビジョンを伺いました。
全くの悲劇だった被災を、新しい街づくりの機会とポジティブにとらえ、100年後にも残る良い街づくりに取り組んでいきたいと意欲的に語っておられました。

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市長は続けて話してくれます。
町の景観も大切にしたい。みんなの『ふるさと』を取り戻したい。
頑丈な大きな高層ビルを立てて、そこに色々な施設を入れればいいじゃないか、という声もありますが、
誰も陸前高田にそんな大きなビルを求めてはいないんですよ。
町の『ガワ』だけ出来上がっても、中に住む人間の心が整っていなきゃ、意味がない。
弱者を助け、皆が住みやすい町にしたい。
他の場所で住み難さを感じている人がいるなら、『陸前高田に引っ越そう』と言ってもらえるような町にしたい。
定年して第二の人生をスタートするなら、『陸前高田がいいね』といってもらえるような町にしたい。
100年後の市民に、『誰だこんな町を作ったのは』と言われないようにしなくちゃね、と笑っておられました。

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「復興を進めていくうえで、何がいちばん怖いかといったら、今回の震災や被災地のことを忘れ去られてしまうことです」
「何もかも失ってしまった被災地にとって、周りの方々が『気に掛けてくれていること』ほど心強いものはありません」
市長の本にも書いてあった言葉です。
世界中がクリスマスシーズンに浮かれ、新年を新しい気持ちで迎える時。
あらゆる機会に、あらゆる方法で、この忘れてはいけない災害の記憶と、現在も厳しい環境におられる現地の状況を伝えていこうと思います。




会談を終えた後、地元メディアのテレビ岩手、東海新報からの取材がありました。

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昨月11月、陸前高田市の後援を受け、アメリカLAにおいて天国民が『Don't forget Japan Tour』(全7公演)を大盛況のうちに終える事が出来ました。

多大な支援を送って下さった在ロサンゼルス日本国領事館に対する、陸前高田市長からの感謝状をお渡しする役目も果たすことが出来ました。

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ツアーの模様など詳しくは天国民のサイトでどうぞ
http://www.tengokumin.com/news/20111101_latour/report1.html

10月9日(日)黒崎神社例祭 奉納ライヴ

 4年に一度、陸前高田広田地区の各集落の祭りが一つになって開催される「黒崎神社例大祭」、それが今年でした。
しかし、震災のため神輿を始め道具、人員を失ってしまい、
祭りは取りやめるべきという意見と、だからこそやるべきだ、という意見に分かれ、開催は2転3転しました。

決して単純な話では括れない被災地の祭事運営、計り知れない苦労と、勇気の決断がこの日を迎えたのです。
そんな議論のさなか、8月15日広田小学校前で演奏した天国民を観た総代さんが「是非力を貸して欲しい」と相談を持ちかけてくれたのが今回のいきさつです。
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10月9日(日)この日、私たちは神社奉納ライヴというかつて無いミッション(使命)を受けて総勢40名のスタッフで広田にのり込みました。
辺りはまだ暗い午前4時に到着、日の出とともにステージ設営作業開始。
今回も栃木の東日本舞台株式会社様から無償で機材の貸し出し、そしてPAスタッフ二本柳さんのボランティア参加がありました。この場を借りてお礼申し上げます。
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前夜の幻想的な濃霧が明けたこの日の空は快晴、朝8:45分定刻通り黒崎神社例祭は始まりました。
ステージ上には宮司(ぐうじ)さん、総代(そうだい)、そこに天国民メンバーが揃います。
今回の天国民招聘を提案してくれた菅野総代が天国民リーダー、マレに駆け寄ります。
「涙が出ます」と手を握りしめ挨拶、今回の例祭開催は言葉では尽くせない大きな想いがあるのです。
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開会の挨拶に続いて、震災の犠牲になった命を想い1分間の黙祷。
準備で慌ただしいステージ周辺、そして会場全体の時間が、一瞬にして止まりました。
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「被災をされて絶望と試練の中におられる皆様...」という切り出しで始まる総代長の挨拶。
その中にあって(今回のように)全国からの支援に勇気と力をもらい前進していきましょう、という言葉で締められました。
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そして、ここで天国民による鎮魂の演奏。
時間が止まった黒崎神社の空の下、歌われた曲は「生まれる前にいた場所へ」

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あなたが押し流すと、人は眠りに落ち
朝には移ろう 草のよう
夜明けには、花を咲かせても、また移ろい
夕べにはしおれて枯れる

あまりにはかなくて、信じるのが怖いとき
隠れる場所はどこだろう
隠れる場所はどこだろう

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あなたに帰ろう いま取り戻そう
変わらない、心のふるさとへ
あなたを呼ぼう 今、近づこう
生まれる前に いた場所へ


変わらないものの中にだけ人は
安らぎを見つけられるものだから

月夜に舞う桜が
遠い記憶を運ぶ
忘れないで 思い出して
忘れないで 思い出して

あなたに帰ろう いま取り戻そう
変わらない、心のふるさとへ
あなたを呼ぼう 今、近づこう
生まれる前に いた場所へ

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本来、天国民の演奏はこの後のプログラム45分のみの予定でしたが、
神主さんから「黙祷の後に、天国民さんに鎮魂の歌を1曲歌って欲しい」という要請があったそうです。
あまりにもこの場に相応しい歌詞に、ステージ上の神社関係者からも感動の声が。
そして、曲を作ったマレ本人も「この日のために作られた曲だと自分で錯覚してしまうほどだった」と証言。
時空を超えた不思議な巡り合わせが、天国民と広田の絆をますます強く結びつけました。




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厳(おごそ)かに執り行われた開会式に続いては、祭りの目玉、根岬 梯子虎舞(ねさき はしごとらまい)。
上空25メートルのはしごの上で、命綱無しで演じられる虎の舞。
太鼓の街らしく、男女に別れて打ち叩かれる聡明な太鼓が響く中、目を見張るパフォーマンス。
バンドメンバーも空を見上げ驚きの表情です。
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虎舞と共に黒崎神社から神輿(みこし)が出発、地域の11カ所を巡ります。
その神輿が神社に戻って来るまでの約4~5時間が、神社前の舞台で「奉納演奏」を捧げる時間です。
とは言え、本来行われるはずの地元各地区の演目が、震災のため準備が出来ず、
代わりに私たち天国民を含む、ゆかりのある個人・団体の歌舞音曲がプログラムされたのでした。
地元の演歌歌手、双子の民謡姉妹、近隣からよさこいなどが駆けつけ、華やかなステージが続きました。


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神社駐車場に並んだブースには、地元でもすっかりお馴染みのモバイル・キックバックカフェ。
全てはこの車から始まりました。



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陽射しも強くなって来た午前11:30、いよいよ天国民の出番です。
ステージ脇に集まったメンバーは太鼓パートの最終確認、そして牧師でもあるマレが力強く祈ります。
前回8月15日同様、このライヴは神から授かった音楽家の才能、能力、そして魂を、全て奉納するステージなのです。


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アメリカツアーを直前に控えた天国民は、アメリカ仕様の演奏も何曲か交えました。

そして、渋谷O-EASTのライヴではお馴染みの殺陣チーム・柴崎アクションプロジェクトが広田初登場。
もちろん友情出演の彼らが披露する「プロのチャンバラ」に、会場は大喜び。
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時間が経つごとに会場の人垣が増え、1000人を越える観衆が、広田で2度目の天国民のステージに見入ります。
「例年だと、お客さんは自分に関係ある演目が終わると帰ってしまうのですが、今回は最初から最後まで誰も帰らず、ずっとステージを観ていました、これは今まで無かった事ですよ」(菅野総代)
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日本人のルーツや謎の渡来人秦氏の研究をしているマレは、西洋化されたキリスト教が日本に伝わる遙か前から、秦氏によってもたらされた原始東方キリスト教が、神道という伝統の中に溶け込んでいるとの接点を紹介。
日本人は古から神を敬い讃える民族で、今こそ日本人の心を取り戻そうとメッセージ。
この心意気で、これから海を渡りアメリカに乗り込むのです。

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「どうしても皆さんにお伝えしたい事があります」
マレが8月15日の時と同様に、震災の悲劇の中で神を呪うことをせず、お互いを思いやる被災地の様子が、世界中の人々の驚きと希望の光となっていた、広田の皆さんの姿こそが世界に勇気を与えたのです、と報告。
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続いて歌われた「大切な人よ」は、広田の人達にもすっかりお馴染みの曲となりました。
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今回広田に初登場の尺八奏者、神永DK大輔。
広田の大自然にとけ込む彼の演奏は、会場でも人気の的でした。
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今年の春、初めて陸前高田を歩いた時「いつかここで天国民ライヴをやりたい」とは思ったものの、
まさかこんなに早く、しかもこれだけの大勢の人に囲まれたステージが実現するとは思ってもいませんでした。
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ステージを眺める天国民現場ディレクターの安烈(左端)と、そもそも広田で出会った最初の友人、当ブログでもお馴染み漁師の笠井(右端)さん。
その後ろに広がるのが、笠井さんの「職場」広田の海です。
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まさしく夢のような、異次元のステージはあっという間に過ぎていきました。
最後は8月同様の全員太鼓で締めくくり。
灼熱の中でクラクラだった前回のステージとは打って変わって、今回は涼しげな風が吹く季節。
今度、天国民が陸前高田で演奏するのは、どの季節になるのでしょう。
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たった半年の、数える程の訪問の中で、数えきれない沢山の思い出と「友人」ができました。
会いたい人、話したい事は尽きません。
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こちらは浜松から駆けつけた、トータルケアセンターの皆さん。
我がモバイルキックバックカーが浜松ナンバーなのは、実はこちらからお借りしていた実情があったからなのです。
今回も美味しいカレーを準備して下さいました。
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大盛況だったステージのプログラムが終わる頃。地域の漁港など11カ所を巡行し神輿も戻ってきました。ご神体は息気長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)と言うそうです。
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夢だった神社ライヴが実現して興奮冷めやらぬ天国民メンバー。境内に向かう石段の前で記念撮影。
アルバムのジャケットにしたい1枚です。
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記念撮影をしているところに、乾杯の呼び出し。神社の境内の中に招かれました。
神妙な面持ちのメンバーの前で、総代、宮司、神主と勢揃いした打ち上げの宴。
ところが、とても気さくで、なんともユーモア抜群の方々ばかりで、笑いが絶えない席となりました。
ここでのトークの内容はそのまま本にしたら売れるかも?!
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打ち上げの挨拶も一通り終え、荷物も車に積み、いよいよ出発しようというところに、なんと、虎舞の中にいた人!
伝統芸能根岬虎舞のメンバーの方が挨拶に駆けつけてくれました。

「今回は、(祭りを)やっていいものか、悪いものかわからなかった。
だけど、やってみなければ、良いも悪いもわからない。
どんな結果でも前に進む為には、やるしかなかったんです。やって本当に良かった!」





普段は漁師の皆さん、300年に渡る伝統を文字通り命がけで守ってきた彼らにとっても、
今日はという日は大きな日だったのです。
そして最後に、虎舞でハシゴの先端にいた彼の「来年、還暦です」の言葉には、一同本当にびっくり!
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                          「明日から、みんなまた現実に戻ります。職が無い人、家がない人、苦しい状況は変わりません。でも、今日のようなことがあれば、また頑張っていけるんです」

この総代の言葉が、幾多の自然災害と生活苦の中から常に立ち上がって来た、大和民族の姿を見ることが出来ました。








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                           10月末アメリカに向かう天国民のツアーは、
正式に陸前高田市後援になりました。



























天国民が広田地区黒崎神社で奉納ライヴ

8月15日のライヴをご覧下さった、広田の総代及び宮司さんの依頼を受けて、
地域復興を旗印とした黒崎神社の奉納演奏に、天国民が参加する事になりました。
祭り事の神事として、ゴスペルを捧げる天国民の演奏にご期待下さい。

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8月15日に、天国民のライヴをご覧になったKさんから、お手紙を頂きました。

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キックバックカフェの皆さん、15日のライヴ、食事、本当にありがとうございました。

この5ヶ月間、色んな思いで生きてきました。
あの日、多くを失いました。
家、土地、車、家族との思い出の品々、大切なモノ...、友人、親戚。
家やモノは働いて買えばいいです。
友人、親戚は帰ってきません。
(ライヴがあった)15日に「大切な人よ」を聴いた夜に、私は携帯にメモリーされている友人を削除しました。
辛いけど先に進むには、、。

こちらは今忙しくて忙しくて、休日の無い日々が続いていました。
正直疲れて、ここじゃなくどこか遠くへ行きたいとも思ってました。
皆さんのライヴを聴いて、また少し頑張れる気分になりました。
ありがとうございます。

9月にからは、テニスとバンド練習も始まります。
きっと正月まで仕事は忙しいと思いますが、頑張ります。
皆さんと次回会う時は笑っていたいから。

アメリカでのツアー頑張って下さい。
応援してます。
皆さんお体に気をつけて。

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8月20日(土)、高田高校第二グランド仮設住宅(以下:高校仮設)の親睦会「花を植えよう会」にケータリングで参加しました。
愛知造園協会から支援された花を、高校仮設のみなさんで植えて交流するというイベントを自治会が企画。
このイベントの共同主催である陸前高田市役所健康推進課の方からお誘いを頂きました。

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高校仮設では避難所時代に出合った方々と再会し、以前ご一緒させていただいたボランティア団体と一緒に交流会のサポートをさせていただきました。

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実はこの日、縁あってお近づきになったKさんの家(仮設)に招いていただき、東北一おいしいコーヒーをご馳走になりました。
(これが本当においしかった!キックバックカフェ・陸前高田店に決定!)

そしてKさんご夫妻が助かった経緯、近所に住んでいた人たちが仮設住宅にいないということ
(津波に流されてしまったということ)と...非常に重い心の内を聞かせてくださいました。

「今生きているのは、わけあって生かされたんです。生き残った人はみんなそう思っています。
でも何故生かされたのか、それを知りたくて苦しんでいる人もいます。」

「小学5年生で、先に母が亡くなり、こんなに早くお母さんが死ぬなら、
自分なんて生まれてこないほうがよかったと、真剣に考えている子がいる。
私たちは、その子が人とのつながりの中で、乗り越えてお母さんのために生きようと心が変わるように、
支えていけるようにしたい。」

「被災した子供たちは、あなた方のしてくれた事を理解している。
(子供たちは)将来きっと困った人を助けられる人間に育つでしょう」

この震災を通して、ご夫婦が行きついた結論は、
「何があってもこの人がいればそれでいい!」ということだそうです。
何もかも失って、そこで改めて本当に大切なものに気付く。それがパートナーだったと。


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帰りには自治会長、役員のIさん、奇跡の生還を果たしたSくんと彼の娘達、Kご夫妻、
そしてたくさんの人々に見送られて、高校仮設を後にしました。

毎回のことですが、今回も沢山の大切なことを教えてもらいました。
「この人たちの笑顔と幸せのために力を注ぎ続けよう」
その想いが引き締まったスタッフ全員の顔に表れていました。

先日、陸前高田市長が出版した本には「8年の復興構想案」が記されています。
彼のリーダーシップのもと、8年後見事に復活を遂げたこの街で、陸前高田の友人たちと一緒に喜び合いたい。
彼らがみな同じように言う「わけあって生かされた・与えられた人生」が始まったばかりであるのと同じように、
彼らと共に生きる僕らの歩みもまた始まったばかりです。

スタッフ:安烈

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Send LOVEプロジェクトがスタートして5ヶ月、陸前高田に私たちが通うのも10回を越えたところで、
ついに私たちのバンド、天国民のライヴが実現する事になりました。


「希望の祈りよ天まで届け」と副題がつけられたように、このライヴは震災後の「初盆」にあたるこの日、
多くの魂の鎮魂と、残された人々と私たちの希望の祈りをこめたライヴ。
会場となる広田小学校を始め、現地の多くの方々の御協力と、応援によって実現する、ここまでの私たちの活動の集大成と言えるイベントです。

陸前高田市の中心部を抜け、広田半島へ。

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(今やシンボルともなった、津波を耐えた一本松)


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過去最大の50名に及ぶ関係スタッフが、通いなれた広田小学校前に集結。

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早朝突然降り出した大雨に一瞬ヒヤリとさせられましたが、実はこの雨が最後にドラマを生むのでした。



雨もあがり、空は一気に青空に。それぞれが準備にとりかかります。

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今回はキックバックカフェのスタッフ以外の、外部スタッフの力もお借りました。

今年の4月にキックバックカフェに出演したハワイアンバンド「KANEOHE GOOOOOOOD GUYS」のメンバー達は、

栃木県宇都宮でコンサート舞台設営の会社を持っているのですが、

今回の為に、二つ返事で機材を無料貸し出して下さり、しかもトラックを走らせスタッフを派遣してくれたのです。

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【協力:東日本舞台株式会社】



もう一人の音響スタッフは、キックバックカフェでお馴染みのフリーのPA二本柳さん。

青森出身で、天国民バンドを良く知る彼の参加は非常に助かりました。

勿論、彼を含む全てのスタッフはノーギャラ。しかし、最高の仕事を目指します。

それが、本当の心なのだからです。

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そして、今回のイベントにはもう一つのグループが参加、支えて下さいました。

宮城にあるソフトウェア会社グレープシティ株式会社、そして明泉学園の皆さんです。

震災直後から積極的に炊き出しで被災地を巡っていた、言わば「炊き出しのプロ」。

大型車と沢山のスタッフで(外国語教師の方々が中心)、食事を準備して下さいました。

モバイルキックバックカフェにとって、これ以上の頼もしい援軍はありません。

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【協力:グレープシティ株式会社、宮城明泉学園】




そして、日本の西側からもサポーターが。

前回レポートした、7/30に熊本県水俣市で開催された『Send LOVEコンサート@水俣』。

その義援金で購入した新鮮な熊本の野菜が、大量に到着しました。

コンサートの主催者である、龍美光さん(コンサートの出演者で天国民メンバーの龍進一郎の父)と奥様、仲間の3人で、

何と自ら2000キロを運転して、物資を運んで来てくれたのです。


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そして浜松からも仲間が到着。

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東京、浜松、熊本から集まった野菜や生活消耗品などの支援物資を、体育館で400個に袋詰め。

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リハーサルが始まると、太鼓の音に引き寄せられた広田の人達が集まってきました。

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仲良くなった子供達とも再会。


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子供達も支援物資の分類を手伝ってくれました。


イベント直前、控え室の校舎の一室にて。

「いいですか、これから僕らは、演奏技術を披露するライヴをやるんじゃありません。

震災で亡くなった魂と、残された人々の想いを天に届ける、祈りをするのです」

リーダーのマレ(石井希尚)がメンバーに念を押し、皆の心は一つになりました。

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815日正午、イベントスタート。

先のグレープシティースタッフのサミュエルさんの流暢な日本語トーク&ネタや、

広田ですっかりお馴染みの、忍者達の挨拶もありましたよ。

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ランチタイムは、焼きそば&ホットドック。

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いよいよ和太鼓チーム「太鼓笑人めでたい」の演奏スタート。

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キックバックカフェで何度もライヴをやってくれている、名門プロ太鼓集団出身の、関根まこと&江上瑠羽の演奏。

これを、誰よりも、太鼓の街である陸前高田の皆さんに観て頂きたかった。

私たちのささやかな夢がかなった瞬間です。


大太鼓を駆使したド迫力のステージもさることながら、演奏を観る広田の皆さんの眼も素晴らしい。

なんせ、拍手が沸き上がる場所が違う、玄人が観て「ここは凄いだろう」というポイントで沸き上がると拍手と歓声。

やっぱり、さすが太鼓の街です!

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太鼓のバチさばきを真似る子供の姿も。


最高のオーディエンスの前で、やりがいある舞台を務めた関根&瑠羽さん。

しかし燃え尽きる間もなく、いよいよ天国民のライヴです。

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この秋にLAツアーが決まっている天国民。

しかし、アメリカ以上に重要なステージ、陸前高田で精一杯のプレイをしました。

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ユダヤの言葉で「ハレルヤ」の「ヤー」は、日本の祇園祭の「エンヤラヤー」と同じ、神を称える言葉。

我々日本人こそ、太古の昔から神に捧げる音楽、ゴスペルを歌っていたのです。

さあ、一緒に歌声を捧げましょう。


マレ(石井希尚)のリードで、場内が一つになったハレルヤコーラス。

希望の祈りよ、天まで届け!

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この日、マレ(石井希尚)は、ステージからどうしても言いたかった事がありました。

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「震災直後、僕はアメリカにいましたが、多くのアメリカ人が混乱や暴動一つ起こさず、静かに避難する皆さんに驚愕していました。

人間はここまで強く美しくなれるのかと、世界中の人達が、皆さんの姿を観て感動し勇気を与えられたのです。

皆さんの存在は、世界の希望です」


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たびたび岩手放送やネット等で発言してきたマレ(石井希尚)でしたが、

どうしても現地の御本人達の前で直接伝えたかったのです。



ゴスペルと和楽器の融合、称して「和ゴスペル」と言っている天国民(アメリカ名はHEAVENESE)。

民謡を思わせるVo.久美子のふしまわしや、和太鼓三味線のお囃子。

会場からは思わず手拍子が起こりました。

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最後の締めくくりは、メンバー全員による太鼓演奏。

太鼓の街の皆さんの大きな拍手と、暖かい声援を頂きました。

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天国民の演奏が終わった後は、モバイルキックバックカフェで

冷たいパフェやアイスコーヒー、チーズケーキなどのデザートタイム。

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そして、支援物資もお持ち帰りいただきました。

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(物資コーナーには、水俣のコンサートで寄せ書きされたメッセージも)


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演奏を終えた天国民のメンバーも皆さんとお話させていただきました。


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眼を赤くした御婦人が話しかけて来てくれました。

「こんな素晴らしいものを観られるなんて、生きていて良かった。今まで生きていて一番良かった」


今までが、震災以降なのか、その前からなのか。

どちらにしても、あまりにも重い言葉を頂いて、言葉になりませんでした。

多くの方が感謝の言葉をかけてくれたのですが、本当は私たちこそ皆様に感謝しなければならないのです。

なぜなら、被災地の皆様の、困難に立ち向かう姿こそ、私たちの希望だからです。


私たちの活動の母体はライヴハウス、そのライヴハウスを拠点にしている天国民のライヴは、

当初からぜひやりたかった事。

しかし、物資や食事の配給と違い、音楽イベントの開催には代表のマレ(石井希尚)を始め、皆が慎重になりました。

果たして、自分たちの音楽が受け入れてもらえるのだろうか。

今この時期が、それに相応しいのだろうか。

現地の関係者の皆様のアドバイスも頂きながら、慎重に慎重を重ねて上でのライヴ開催でした。


そんな、気苦労や不安が、全て報われた瞬間でもありました。


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仮設住宅の代表の方が「今までのイベント(広田でやっていたもの)の中で、一番一つになってましたね」と、

予想以上の反響の良さ、人が集まった事に驚いておられました。

勿論、広報車や回覧板を回してくれた、地元の皆さんの協力による賜物でもあります。


ただ、一つ申し上げるなら、

5ヶ月に渡る10回の訪問で、私たちは広田の皆さんと友人関係になれたから、と思っています。

会場を見渡すと、あちこちに顔見知りの姿があります。

当ブログでもすっかりお馴染み、「キックバックカフェ広田店店長」の笠井進さん始め、

多くの方々と顔見知りになり、心を開いて語り合える仲にさせていただけたことが、今回のステージにつながっています。

この友情はこれからも深めていきたいですし、広げていきます。

震災と言う悲しみは確かにありますが、それがあって出会えた喜びを、私たちは広げていきたいのです。


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(6/18に訪れてミルクの支援物資をお渡ししたときには、まだお腹の中に赤ちゃんがいたSさん。

無事出産し、生後18日の赤ちゃんを連れて会場に来てくれました)



また新しい、しかも不思議な出会いがありました。

地元の神社の総代さんと宮司さんが尋ねて来て下さり、

今年の秋に開かれる、復興祈願祭に天国民の参加をお願いしに来て下さったのです。

神社でゴスペル!身の引き締まる思いです(詳細は追ってお伝えします)。


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支援物資の中に入っていたシャボン玉で遊ぶ子供たち。

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舞台も撤収し、荷造りが終わった所で、合図をしたかのようなスコールが降りました。

熱気も汗も流してくれる、気持ちのよい大雨。

そして、空に架かった虹が、メンバーを見送ってくれました。

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あまりにも素晴らしい自然の美しさ、そして同時に、あまりにも厳しい自然の脅威(災害)。

この2つを同時に体験した広田。

ここは祈りを捧げるのに、最も相応しい場所かもしれません。


(撮影:清水知成、筒井聖子)

7月30日Send LOVEコンサート@水俣


モバイルキッズフェスタがあった7月30日、実は陸前高田から遠くはなれた九州熊本で、もう一つのSend LOVEプロジェクトがありました。

天国民メンバーのオペラ歌手、龍進一郎と妻三佳代によるチャリティーコンサート「Send LOVE コンサート~水俣から愛を~」です。
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熊本県水俣市出身の龍進一郎は、現在は新国立劇場の舞台に立つオペラ歌手。
同時にキックバックカフェのイベントにも参加したり、何よりもアメリカツアーを控えた天国民のコーラスメンバーとして活躍中です。
そんな彼が、前回のモバイルキッズフェスタに参加し、陸前高田の子供達とふれあい、その様子を実家の両親友人に話しました。
これを聞いた水俣の家族友人達は「我々も何か出来ないだろうか」と話し合い、チャリティーコンサート開催を決めたのです。
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「何よりも風化させたくなかったのです」龍進一郎は振り返ります。

ただでさえ遠くはなれた水俣の地では、4ヶ月も前の震災は人々の記憶から離れ去ってしまってる、チャリティーをやることによって一人でも多くの人に陸前高田の現状を訴えたい。
最初は小さな会場でと考えていましたが、周囲の意見により960人収容の水俣市文化会館を選びました。
大きな会場で、沢山の人を集めて、広くアピールしなくては意味が無い。
たった2ヶ月の準備期間、本来ならあり得ないこのプロジェクトも、動き出すと協力者が現れ、地元企業もスポンサーとして次々に手を挙げてくれました。
記者会見の場が設けられ、集まったのはテレビ3社新聞4社。

【 asahi.comにて掲載された記事 開催前 開催後 

街中にポスターが貼り出された当日、7月30日。
コンサートがあるからと、早めに店が閉まるなど、水俣市がSend LOVE一色になったと言っても過言ではありませんでした。
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会場を埋め尽くした800人を超える観衆、ここ数年のコンサートにおける動員記録を作ったそうです。
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会場に詰めかけた幼馴染み、学友、近所の知人の顔を見た時、故郷の暖かさを感じた龍進一郎。
同時に、このコンサートは決して自分のコンサートではなく、自分は音楽で愛を伝える「道具」に過ぎないのだと実感したそうです。
開演直前、出演者同士手をつなぎ、東北岩手の人々への想いを祈りました。

ステージに立った龍進一郎と、同じくオペラ歌手龍三佳代。実は結婚記念日が7月で、今年が結婚8年目。
夫婦であり良き音楽仲間である二人の、節目となるステージにもなりました。

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ピアノは音楽仲間の田中健と、地元から鬼塚直子。
出演者である彼らは全員無報酬、そして会場費などの経費は全てスポンサー寄付。
これによって、入場料は1円残らず陸前高田の為に贈られます。
「このシンプルさが、多くの方の共感を得たのだと思います」



プログラムはオペラの名曲の数々と、「千の風になって」「星に願いを」などのポピュラーナンバー。
そして、天国民の龍進一郎を語る上で欠かせないゴスペル「Deep river」。
「結局この曲に、今回の全てが込められてるんですよ」
絶望の深い川の向こうにある、約束の地への希望を歌った黒人霊歌を、龍進一郎は数百キロ離れた東北の地に向かって歌いました。
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そして、この夜のステージ最高の感動の瞬間が訪れます。
天国民のオリジナル曲で、Send LOVEプロジェクトのテーマ曲でもある「大切な人よ」を、龍進一郎の母校水俣高校音楽部の生徒と共に合唱した時、
会場の空気は言い表せない感動、「愛」に満ちたものとなりました。
彼の恩師であり、Send LOVEコンサート実行委員長でもある、岩本義久師の尽力により実現したコラボレーション。
夏の大会など忙しいスケジュールの中で練習を重ね、見事に先輩と素晴らしいステージを作ってくれた水俣高校音楽部の皆さん、本当にありがとうございました。

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実は、水俣市には公害病という歴史上の深い傷があります。
しかしそれを克服する、徹底した環境対策に取り組んだ結果、国内有数の環境モデル都市にもなりました。
どこよりもきれいな自然を、自分たちの手で取り返した水俣の人達にとって、荒れ果てた陸前高田の地は決して人ごとでは無かったのです。

「僕は最初、震災を風化させてはいけないと思ってこのプロジェクトを始めたのですが、
結局わかったのは、全く風化してないじゃないか、という事。
ここの人達は、心の奥でずっと東北の人たちの事を心配していた。
そして、何かあったらぜひ応援したいと、きっかけを待っていたんだと思います」

そう語る龍進一郎のもとには、是非とも第2弾をやってほしいと、各方面からの声が届いています。
「1回で終わらずに続けて欲しい」
「一生忘れない貴重な体験」「課外授業にも変えられない」と話してくれたのは水俣高校音楽部の皆さん。
次回は天国民コンサートを、という話も持ち上がってもいます。

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「この日僕は、音楽にしか出来ない、人の心を一つにする力を知りました。
そして、陸前高田や東北の人達に、例えどんなに離れていても、水俣は皆さんの事を思っている。
これを伝えたいと思います」
大きな想いを胸に、龍進一郎は天国民メンバーとして、今度は8月15日陸前高田のステージ立ちます。

















7月30日モバイルキッズフェスタ

子供達の笑顔こそが、復興の原動力。
そんな思いで、5月に開催した子供向けイベント「モバイルキッズフェスタ」。
評判は非常に良く、子供達はもちろん親御さんからも喜んで頂けました。
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スタッフが忍者に扮して、ゲームや体操で遊ぶこのイベント。
前回のイベント後にモバイルキックバックでお邪魔した際には、
子供達から「忍者達は今度いつ来るの?」という言葉もかけられました。
沢山の子供達の声に応えるため実現した第2弾。
今回も総勢28名のスタッフ&ボランティアが乗り込みました。
勿論、モバイル・キックバックカフェもオープン。
美味しいスィーツを楽しみながら、イベントに参加してもらいます。

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実は今回のメンバーには、中高生も何名か加わりました。
地元の若者達と、同世代ならではのふれあいが持てたと思います。
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そして今回は何と、第1弾の時に知り合った地元の中高生3名が、忍者スタッフとして参加協力してくれました。
一緒にイベントを作り上げることが出来たのは、本当に嬉しいことです。
そして、いきいきと働く彼女達の姿に、私たちスタッフは大いに元気をもらいました。
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(朝早くから合流し、忍者に扮装中。現地の中高生スタッフ)

会場は前回同様、広田地区の広田小学校と高田1中。
今年は一学期が始まるのが遅かったので、夏休みは(7月30日~8月17日)。
つまり、夏休み初日のキッズフェスタになりました。

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子供達の反応は前回以上に良く、1回目に来た子達が、本当に期待をもって来てくれました。
到着して、忍者を見るやいなや、めいっぱい手を振って駆け込んでくる子。
「ジャンケンが弱かったんだよね」とか、前回の出来事を詳細に覚えていて話しかけてくる子。
スタッフの名前まで覚えてくれていたり、中には抱きついて離れない子も。
前回のたった一度の出会いで、ここまで距離が縮まっていることに、スタッフ達も驚かされました。
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今回のお宝は文房具や運動系の玩具が中心。急遽呼びかけたにも関わらずたくさんのお宝が集まりました。中にはダンボール一箱分文房具を送って頂くなど熱い気持ちがたくさん届きました。皆さんのお気持ちはスタッフにも大きな励ましになりました。 
現地ではたくさん積み上げられたお宝をゲットしようと子供たちは一心に修行。嬉しそうにお目当てのお宝をゲットした子供たちの笑顔がとても印象的です。 
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広田の中学生達。
本当は部活があったのですが、朝雨が降ったので中止、しかし昼は晴れたのでこうして再会出来ました。
でも、雨が降らなくて部活があったら、高田まで会いにいくつもりだったそうです。
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時間が経つごとに徐々に集まりだした広田の子供達。
最後に皆で作った「じゃんけん列車」。
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一つの輪になって、忍者の「みぎぞう」が「また忍者学校やったら、来てくれるお友達~?」と言ったら、
5年生の女の子がしっかりと頷き「これが、楽しみなんだもん」と静かに、つぶやきました。
お互いに手を強く握り合い、イベントを締めくくりました。


沢山の子供達に見送られながら、忍者達を乗せたマイクロバスは高田へと向かいます。
何度か訪問しているスタッフは、変わりゆく海岸の風景に複雑な心境になり。
初めて参加した者は、テレビや新聞で伝わらない衝撃を、今もなお受けたようです。

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市内で最も大きな避難所の高田1中も、すっかり静かになってきました。
避難所から仮設住宅への移行が進む中、前回同様、音楽室を借りてのモバイルキッズフェスタ。
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元気に遊びまわる子ども達に、スタッフも元気をもらいました。
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写真合成を利用した「摩訶不思議写真」のコーナーでは、かわいいチビッコ忍者の出来上がり。
子ども達もテンションアップ!
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(広田小学校にて)
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写真は↑このように合成して仕上げてプレゼントします。


天国民のバンドメンバー、イッキ(ドラム)とナオヤ(サックス)も、重要なキャラクターとして登場。
アメリカツアー前に猛特訓中の太鼓を披露してくれました。
8月15日にいよいよ広田で天国民がライヴをやります。
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「誰か一緒に太鼓叩いてみない?」
イッキの誘いに何人かの子達がバチを握ります。
その本格的なバチさばきに「さすが太鼓の街」とイッキは感心していました(焦ってたかもしれませんよ)
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震災で親友を亡くしたという女の子が、スタッフに自分の体験を話してくれました。
当時小学一年生の彼女は、帰りの会をやっていたときに地震がきました。
「机の下にかくれて、揺れが収まってから避難した。
5年のお兄ちゃんとは、避難経路や別で、しばらく会うことができなかった。
そのあと、お兄ちゃんにあえて、お母さんもむかえにきてくれた」
避難所生活を経て、現在は仮説住宅にいますが、その間、インフルエンザになったり、とびひになったそうです。
通っていた高田小は一階が津波にやられましたが、今は、きれいにして校舎をつかっています。
「でも、転校する友達いっぱい」
彼女は、前回のプレゼントだったバッヂを帽子につけて、毎日学校へかぶって通っているそうです。
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たとえ離れていても、あるいは、同じ体験(被災)をしていなくても、心を通じ合わせることが出来るのだ。
帰りのバスをどこまでも自転車で追いかけてくれて、見えなくなるまで手を振ってくれた、小さな友達の姿に、大きく励まされた私たちでした。
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